子どもによって変わる こんな週末の過ごし方もあったんだ

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娘の吹奏楽部の演奏会に行ってきました。
約3時間ほど、ホールの椅子にゆっくりと腰かけて、流れるような時間を過ごしてきました。
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昨年までは、雨の中でもカンカン照りの太陽の下でもかまわずに、グランドに立って息子のサッカーの応援をしていた私。
空調の整った室内で、座って音楽を聴いている今の自分を、誰が想像できたでしょうか。
子どもによって、親の時間の過ごし方もガラリと変わるものなのですね。


【吹奏楽部演奏会】
いやいやいや・・・。
ホント、この涙腺のもろさってどうにかならないかな。
娘の吹奏楽部の演奏を聴いていたら、目頭が熱くなってきてヤバかった。
壮大な大河ドラマのテーマ曲の演奏に、パーカッションの音のリズムと心地よい音の響きに心を打たれました。
もちろん金管も木管もみんながんばって練習してきたんだなぁ・・・というのが伝わってきて、思わず涙が出そうになりました。
ダメなんですよ、子どもたちが一生懸命やっている姿をみると・・・。
まして、その演奏が心に響くすばらしいものだったりなんかした場合。
涙腺が決壊します。
コンクールとかじゃないんです。
普通の演奏会。
だから周りのみんなは、温かい手拍子なんかやっちゃって笑顔で観ている。
誰も泣いてる人なんかいません。
なんとかあふれそうになる涙をこらえて、無事演奏会は終了しました。
それにしても、ホールのクッションの効いたイスに腰掛けて、音楽を聴く。
なんて贅沢な時間なのかしら。
まして、我が子が演奏しているとなると、どんな演奏でも温かな心で聴くことができます。
こんなにゆったりとした週末を送ることができるようになったのは今年になってからでした。
【サッカー部の応援】
長男も次男も、幼稚園のころからサッカーをやってきました。
小中校と年齢が上がるごとに、サッカー応援にも熱が入るようになり、特に次男が高校生のころは、ほぼ仕事の休みをもらってサッカー観戦に出向いていました。
サッカーの試合は、雨でも雪でも関係なし。
夏の30度以上ある炎天下でももちろん試合はやります。
それを観る親のほうも、相当なエネルギーを消費するわけで、試合に勝ったときはまだいいのですが、負けた日には肉体的にも精神的にも大打撃をしょって家路につくというわけです。
10年以上サッカー観戦をしてきた証に、私の皮膚はボロボロになりました。
でもいいのです。
思い出せばいつでもそこに、笑顔と涙と歓喜と憔悴と・・・すべてが折り重なるように積もっていき、「楽しかった」という思い出しか浮かんできませんから。
日に焼けた顔のシミも、いいんだ・・・別に・・・。(ほんとは嫌だけど)
昨年までは、週末になると必ずどこかのグランドに立っていました。
【子どもと過ごした時間】
昨年までは砂埃をかぶってグランドに立っていた私が、今年は優雅に音楽鑑賞をしている。
なんだか不思議でしょうがありません。
親は、子どもがやっているものによって、大きく影響されるんだなぁということを、今つくづく感じています。
もし、息子たちが野球をやっていたら、私はもちろん野球グランドのスタンドにいたわけで、テレビでプロ野球を観る機会も増えたかもしれない。
もし、陸上をやっていたら、一緒にマラソンをしていたかもしれない(いや、それはないか)。
もし、娘が吹奏楽部に入らなかったら、今頃私は何をしていた?
人生において、「もし」「・・・たら」「・・・れば」という話しは絶対に存在しません。
あくまでもそれは空想の話であり、現実は今過ごしているこの事実のみだけなんですもんね。
子どもと過ごしてきた時間は、貴重な時間。
サッカー部でも吹奏楽部でもなかった私に、疑似体験をさせてくれた子どもたちに感謝したい。
「毎週サッカーの試合で嫌になるよ~」
「えー、土日も吹奏楽の部活あるの?またお弁当作らなきゃならないの?」
なんて言葉を言ってしまった過去の自分にちょっぴり後悔しています。
【自分のための時間】
さて、子どもが一人、二人と親元を離れると、空き巣症候群というような、心にぽっかりと穴があいたような感覚になる方も多いと聞きます。
実際私も、次男が高校でサッカー部を引退したときは、寂しかったなぁ。
もうサッカーの応援に行くこともないんだなぁ・・・と思ったら、なんだか心が空洞になったような・・・そんな気持ちになりました。
でも・・・
すぐに慣れました。
週末ごとにグランドに行く必要がなくなったので、人間って体が楽なほうにすぐに流されて順応していくものなんですね。
今年は、数か月ごとにある娘の吹奏楽部の演奏会やコンクール。
室内でゆっくり音楽を聴くことができるので、体が本当に楽になりました。
娘が高校を卒業したら、いよいよ本当に自分のための時間の使い方を考えなければなりません。
自分のための時間はどんな風にして過ごそうか。
何か目的を持たなければならないと思っています。
だって、ボーっとして過ぎる時間も、何か目的を持って過ごした時間も、みんな平等に時間は過ぎるのですから。
だったら、今日はこんなことをしました、と言えるような時間の過ごし方をしたいのです。
子どもが与えてくれた時間を大切な思い出として、これからは自分の人生を生きる時間を大切にしていきたいと思いました。
こんなことを考えたのも、吹奏楽を聴いて心がリラックスしたせいかな・・・。
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あ・・・。
娘が高校を卒業しても、私にはまだ手のかかる子どもたちがおりました。

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