哀しい寂しさ うれしい寂しさ 寂しさの解消法

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最近、ふとした瞬間に寂しさを味わうことが2回ありました。
それは、ほんの一瞬感じたものですが、2つの別の感情を持った寂しさでありました。
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寂しさを解消するにはどうしたらいいのか、考えました。


【哀しい寂しさ】
「バリスタが壊れてしまった」と、実家の父が言いにきました。
うちの父は、ネスカフェバリスタの愛用者。
数年前に、毎朝インスタントコーヒーを飲んでいる父へ、私がプレゼントしたものです。
最初は「こんな難しいものは使えない」とかなんとか言っていましたが、今ではスイッチひとつでおいしいコーヒーが簡単に出来上がるので、毎日使っている様子。
それが、スイッチを入れると「お湯しかでない」状態になったのだとか。
すぐにピンときました。
ああ、湿気だな・・・と。
梅雨時期から夏にかけて、バリスタはコーヒーの粉が出る口の部分が湿気を含んだコーヒーの粉によりふさがってしまいます。
なので、スイッチを押しても粉が出ず、お湯だけ出てきてしまいます。
毎年、この時期にはその湿気でふさがったバリスタのタンクとその周辺をきれいに洗い、乾燥させてから元通り使えるようにしています。
ところが、父はまるで初めての出来事のように「壊れた」と言いにきたのです。
「昨年も湿気でふさがってたよね」という言葉は呑み込みました。
昭和ひとケタ生まれの父に、それを言ったところでなんの解決にもなりません。
バリスタのタンクを取り外し、全部きれいに洗って乾かしました。
「ここを外して洗えばいいんだよ」と父に説明しましたが、「ほお!」「へえ!」と、驚きの声を上げるばかりの父。
この瞬間、猛烈な寂しさが襲ってきました。
うちの父の口癖は「物事なんでも科学する心だよ」でした。
子どものころ、何かが壊れて動かなくなったとき、父はそう言いながら、いろんな方向から物事を眺め、その原理を探って、たいがいのものは元通り直してくれました。
おもちゃのスイッチが入らない時も、父が分解して元通り直りました。
自転車のパンク修理も父から教わりました。
網戸の網のはり方も父が教えてくれました。
父は、生きていくための術をいろいろ伝授してくれました。
「科学する心」のおかげで、私も好奇心が広がりました。
今でも、すぐに壊れた何かのネジを外したがるのは、そんな父の教えからなのだと思っています。
今ではすっかり「科学する心」を忘れてしまったかのような父。
父ならば、ちょちょいのチョイでバリスタを簡単に取り外し、原因を探り、あっという間に元通りにしているはずなのに・・・。
父も歳をとったのだなぁ・・・ということを痛感したとき、哀しい寂しさがこみあげてきました。
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【うれしい寂しさ】
「明日の予定はなに?」と長男に聞くと
「明日は面接」という答えが返ってきました。
長男のアパートに泊まった時、そうか、今が就活まっただ中か・・・と、今さらながら思いました。
あまりなじみのない会社名に、「なんでその会社を選んだの?」と聞くと
選考基準や福利厚生のこと、自分がどういう風に働きたいか、どんな風に生きていきたいかなどなど、語った長男。
もはや私のほうが知らないことだらけで、いろんなことを長男に質問しました。
それに対しても、実に的確にわかりやすく答えてくれる長男。
わずか数年前までは、長男のためにご飯を作って、朝起こして、学校へ送り出して、洗濯して、あーしなさい、こーしなさいと教えていたのに、今ではどうでしょう。
一人でアパートで暮らし、一人でご飯を食べ、一人で起きて大学へ行き、一人で課題をこなし、一人でバイトをみつけ、一人で生きている。
私ができることは、経済的援助のみ。
すっかり都会の人になってしまった長男。
就職も東京で・・・と希望しています。
もうこの子は、東京で生きていくんだなぁ。
親の元から完全に巣立っていくのも、もうすぐだなぁ。
そんなことを思ったら、猛烈に寂しさがこみあげてきました。
だけどそれは、哀しい寂しさではなく、うれしい寂しさでありました。
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【寂しさとは】
寂しさを感じる時って、何か喪失感を伴うことが多い。
それは物理的な喪失ではなく、人の繋がりの喪失感であることが多いような気がします。
結局、人って一人で生きているのではなく、周りの大勢の人たちに助けられて生きているもの。
だから、人との別れは無性に寂しさを感じるものなんでしょうね。
父の背中を見て育った私が、いつの間にか父よりもなんでもできるようになったとき、父の老いを直に感じて無性に寂しさを覚えます。
それは、いずれ父を見送らねばならない日がくるということを感じる寂しさからなのだと思います。
だから、とても哀しくて切ない寂しさ。
我が子が親元を離れ一人暮らしを始めると、とたんに子どもの生活の様子はほとんど視界に入らなくなります。
それでも、まだまだ世間知らずで経済的援助も必要で、「まったくうちの子はなんにもわかっていないんだから」と思っていたのが、ついこの間。
それがいつの間にか、そこそこ一人で生きていて、そこそこ自分の考えを持ち、親の知らないいろんなことを語りだした時、本当の親離れ子離れがもうすぐ近い・・・ということを感じて、ふと寂しさを感じる。
しかし、それは子どもの成長の証であり、うれしい喜ばしい寂しさでもあるのです。
【寂しさの解消法】
私の場合ですが・・・。
■目的を持つ
仕事をしているとき、せっせと断捨離をしているとき、急いでご飯を作っているときなど、人は何かをしているときは、寂しさなんて忘れていますよね。
毎日の生活の中でも、何かをする目的を持てば、寂しいなんて思っているヒマなんてありません。
■何かを育てる
野菜を育てる、ペットを飼って育てる。
育てるって大変なことですが、それゆえ懸命であり、寂しさは思い出すヒマもありません。
子育てがひと段落すると、家庭菜園に精を出したり、ペットを飼ったりする人が多いのも、育てる喜びがわかっているからかも・・・。
■打ち込める何かを見つける
毎日の生活以外で、打ち込める何かがあれば、メリハリのある活き活きとした生活ができると思うのです。
私の場合は、劇団四季とか、劇団四季とか、劇団四季とか・・・。
■誰かと会う
学生時代の友人、昔の職場の仲間、ママ友などなど、時には集まって話す。
人とのつながりが一番寂しさを解消するいい方法なのかもしれません。
【人生の折り返し】
人生の折り返し地点を過ぎると、妙に感慨深げになるものだなー・・・と、最近つくづく思います。
親の老いや、子どもの自立を目の当たりにするのが40~50代。
きっと、いろんなことが転機となる年代なんでしょうね。
だから、いろんなことをあーだ、こーだと、まわりくどく考えちゃうのですが、結局寂しさなんて、自分の心の問題で、自分でなんとかするしかないのです。
そして、生きていれば、寂しいことも楽しいこともうれしいことも、いろいろありますよね。
だから、まだまだ生きていたい!と思ったのでした。
そして、寂しさにも「哀しい寂しさ」と「うれしい寂しさ」そんな二面性があることも、今回初めてわかったことでありました。
「あなたが生まれたとき、あなたは泣いていて周りの人達は笑っていたでしょう。
だから、いつかあなたが死ぬとき、あなたが笑っていて周りの人たちが泣いている。
そんな人生を送りなさい。(ネイティブアメリカンの教え)」

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