日々を丁寧に生きると活きたお金の使い方ができるようになるのかもしれない

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枝豆をおいしく茹でるには、両端を切り落してから茹でるといいのだそう。
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初めて、枝豆ひとつひとつの端をはさみで切りました。
めんどくさい・・・と思いました。
思いましたが、枝豆を切っているうちに、丁寧に暮らすということは、こういうことを言うのだろうなぁ・・・と思いました。
枝豆に今後の生き方を教わったような気がしました。(←ほんとか?)


【おいしい枝豆の茹で方】
今年、夫が畑に枝豆を植えました。
休みの日も、いろいろ忙しくてほとんど家にいない夫ですが、老後は自給自足を夢見て、スキマ時間にちょいちょい何かを植えています。
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今年、初めて植えた枝豆は、そこそこいい感じに実りました。
それまで枝豆といえば、お店で買ったものを茹でていたので、塩で産毛を落としてきれいに洗ってから、塩茹でするというふつーな方法をやっていました。
が、夫がスキマ時間に丹精込めて(込めたかどうかはわかりませんが)作った枝豆。
せっかく収穫したからには、おいしく食べたいなと思ったので、おいしい枝豆の茹で方なるものを調べてみたという次第であります。
枝豆を塩茹でするさいには、両端を切り落してから茹でると、豆の中まで塩分が浸透し、おいしい枝豆ができるのだそうで。
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Cpicon 【農家のレシピ】美味しい枝豆の茹で方 by FarmersK
こういうひと手間って大事なんですね。
バケツ1杯にあふれるくらいあった枝豆を、ひとつひとつ端を切りました。
そして茹でた枝豆は、色鮮やかで塩味がきいていて、おいしかったです。
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残り半分は、ジップロックに入れて冷凍保存しました。
お盆に帰省する子どもに食べさせてあげたいからです。
【丁寧に生きるということ】
丁寧に暮らしていきたい。
そう思っても、言うのは簡単で、実際に何をどうやったら丁寧に暮らしていけるのかという問いかけも常に自分の中にあります。
丁寧という言葉の意味は
細かいところまで気を配ること。注意深く入念にすること。
言動が礼儀正しく、配慮が行き届いていること。
つまり、丁寧に暮らすということは、何にたいしても最大限の敬意を払って行うことなのではないのかなぁ・・・と思ったわけです。
枝豆をおいしく食べるには、めんどうでも両端を切ってから塩茹でする。
それが枝豆への敬意であり、枝豆を育ててくれた夫への敬意であり、枝豆を食べる私たちへの敬意。
いえ、ね・・・。
バケツ一杯の枝豆の両端を切る作業があまりにもめんどうで時間がかかったために、こーんなことをブツブツ考えながら作業していたわけなんです。
ひとつひとつなんにでも丁寧に向き合うようになれば、余計なモノも増えないし、時間を無駄に過ごすこともない。
なんにでも敬意を払って生きていけば、無駄に腹が立つこともないし、常に感謝の気持ちを持っていられる。
すごいな、私。
枝豆ひとつで、ここまで考えが発展していけるなんて・・・・、
という、これは自分自身にたいしての敬意。
【活きたお金の使い方】
日常的に丁寧な暮らしができるようになれば、無駄遣いをすることもなく、それが自然と節約にもつながっていきますよね。
だけど人間、メリハリある生活も生きるためのエッセンスだと思うのです。
そーんな毎日毎日、枝豆の両端を切り落していられっか!って、時には枝豆を巻き散らかしたくなります。
日常は節約、そして時には現実逃避も必要なのです。
これまでは、子どもの教育費などのためにせっせとお金を貯めてきたけれど、人生の残り半分は、上手にお金を使っていく方法も見つけていきたい。
どんなにお金を貯めたって、お金はお墓には持っていけないですもんね。
そして上手にお金を使うには、今後の生活でどんな支出があるかお金の流れも把握しておかなくてはならないと思っています。
ただ単に、不安だからというだけでお金を貯めこむよりも、先が見通せる目があればお金も活きた使い方ができるのだと思うのです。
3番目の娘が大学進学するのであれば、あと6年は教育費としてお金がかかります。
車の買い替えだって、夫も私もあと2回はすることになるかもしれない。
実家の両親が亡くなった場合、実家をどうするかも考えなくてはならない。
3人の子どもたちにも、少しはお金を遺してあげたい。
そんな先をイメージしながら、家計管理をしていかなくてはなりませんね。
枝豆ひとつで、丁寧な暮らしから活きたお金の使い方まで、あれこれ考えたある夏の日でありました。

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