子どもが試合に負けたとき・・・親の気持ちの消化のしかた

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高校総体って、これまで部活を続けてきた高校3年生にとっては、最後の大きな大会となることが多いんじゃないでしょうか。
我が家の次男にとってもそうであります。
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負けちゃった。
もしかしたら勝てるかな?って、淡い期待も持っていたのですが、残念ながら負け。
とっても悔しい。
10年以上わが子のサッカーを応援してきた私にとって、この気持ち、簡単には消化できません。


【最後の大会】
高校生にとって最後の大会なのではなく、私にとって息子のサッカーを応援する楽しみが、もうなくなってしまったという意味であります。
思えば小学生のころから、毎週土日はサッカー、サッカー。
たまには家族で出かけたいよ。
もう!またサッカーなの!?
いつもそう思っていたのに、いつのころからか、週末は子どものサッカーを応援するのが楽しみでしかたなくなりました。
長男が高校3年生で最後の試合となった高校総体は、初戦敗退。
友人は泣いていたけれど、私はそこまで泣くほどでもなかったなぁ。
そのときはわからなかったけれど、きっと次男のサッカー応援がまだあったからだと思います。
その次男も高校3年生となりました。
そして最後の全県大会。
相手チームが一枚も二枚も上手で、負けてもしかたがない・・という試合内容だったけど、それでも勝たせてあげたかった。
「今回は負けたけれど、これを活かして次はがんばろう!」
そういう「次」がもうないのだから・・・。
【試合に負けたときの乗り越え方】
乗り越えられないでいるのは、親だけかもしれませんね。
次男は翌日には「図書館で勉強してくる」と言って朝早く出かけましたから。
もう勉強モードに頭を切り替えたのか?はたまた、悔しさを紛らわすために勉強しようとしているのかは、定かではありませんが・・・。
試合を思い出すと、そのまま記憶は中学時代、小学時代へとさかのぼっていき、あの試合のときはひどい雨だったなぁ・・・とか、あのグランドはでこぼこだったなぁ・・・とか、あのときの子どものシュートはすばらしかったなぁ・・・とか、とか・・・。
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うーーん。
いつまでたっても、過去の記憶にしがみついているばかりではいけませんね。
ここで気持ちを切り替えるために、自分なりに考えを整理してみます。
●結果よりも過程を評価する
負けたという試合結果はもうどうしようも変えられない事実。
子どもがずっとサッカーを続けてきたことで、大変だったこと、楽しかったこと、悔しかったこと、すべてが今となっては、懐かしい思い出であり、多くの人たちと関わり結びつきが強くなったことに感謝したい。
子どものサッカーのおかげで、親同士の仲間もできた。
●最後の負けた試合を完了形にする
負けた試合。悔しい想い。
あのとき、ああしてれば、あのとき、こうだったら・・・・なんていう思いは、すべて完了させる。
どのスポーツにおいても試合は必ず「勝者」と「敗者」で成り立っている。
優勝チーム以外はすべて、「敗者」という悔しさがある。
私たちが負けたから、相手の勝ちがある。
それでいいのだ。
でもやっぱり悔しいけどね・・・。
●子どもの未来を応援しよう
高校最後の大会。
親にとっては、サッカー応援ができる最後の大会。
でも、子どもにとってはこれから将来へ続く道の途中でしかない。
高校生活は限られた時間だけれど、未来に続く道は限りなく無限の可能性を持っている。
サッカー応援は終わるけれど、子どもたちの進む道を、これからも応援していこう。
だけど、これから週末何をしようか・・・。

【自分の道を模索する】
サッカー仲間のお父さん、お母さんたちと飲み会をすると、最近は決まって
「これから土日は何をして過ごす?」
という話題になります。
小学校時代から毎週サッカー場で顔を合わせていたもんね、私たち。
子どもは卒業するけれど、これからはサッカーの思い出話を酒の肴に、まだまだ盛り上がれるよ、私たち。
オヤジ&オバサンパワーは強いのだ。
そして、こんな素敵な仲間たちに巡り会えたことに感謝したい。
息子たち、今までサッカーを続けてきてくれてありがとう。

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